<< NEXT << TOP

 

 

ピラミッド登頂記 1

エジプト、新市街の一角、コロニアル調の建物の右側を通りから路地に入ると、ホテルの看板がいくつか目に付く入口が、ただひたすら螺旋階段を上がると6階に、日本人旅行者の多く集まるホテル、サファリホテルがある。渇きを呼ぶ外の空気を避け、ホテルで生ぬるい空気をかき回すファンの下、宿にある、旅人の残していった一冊のノートにひたすら目を通す。

もう旅も終わり、後はただ日本への便を待つだけ、旅を満喫し、もう望むものはない、そんな心境だったのだが、様々な旅行者の書き残していった一冊のノート、その中に最後に心を踊らす、まるで宝の地図を発見したような、一枚の地図に出会うこととなった。それは、ピラミッド登頂マップと書かれた地図と文章だった。今は登頂が禁止されているピラミッド。警備も配置されている。とても上る事は出来ないのでは、と猜疑心が頭をよぎる。しかし、それは将に宝の地図だった。

真夜中の3時、昼間は暑いカイロも夜は涼しげな風が心地良い。タクシーを止め、いざピラミッドのあるギザへ、乗客は5人。皆不思議な緊張感が張り詰める車内で、沈黙を続けていた。宿で、この事をこの旅で出会い、ともに行動をしてきた友人に話すと、2人とも飛びついて来た。早速、3人で計画を立てる。地図をまず紙に写す。そして計画を練る。その地図には、ピラミッドを登る時間帯として、日中は警備も厳重で、強い日差しの中は登頂は困難だ、と書き記されていた。真夜中は警備も減り、月の日差しがあれば登り易いと書かれていた。今夜は都合よく半月だ。目指すは夜明け、そんな相談をしていると、話を聞いていたのだろうか、一組のカップルが話し掛けてきた。私達も混ぜてもらえませんか?

大通りの終点まで来て車は停まった。通りに人通りは無い。日中は観光バスが数珠繋ぎになっているのだが、うそのように静まり返っている。ここまで来ると暗がりの中うっすらと巨大なピラミッドの姿が夜空に浮かんできていた。昼間はなんでもない観光名所なのだが、夜来るとその大きさは不気味だ。かつてピラミッドは砂漠の中にあった。近代になり、カイロの町は巨大化し、とうとうピラミッドのあるギザの町まで緑と建物で覆われる事となった。ただ、今でもこの先は砂漠。なんとこの先モロッコまでほとんど何も無い、広大なサハラ砂漠なのだそうな。古代の遺産が、現代の開発をここでせき止めている。

ピラミッド登頂地図の案内どおり、大通りから一つ目の路地に入る。すると通りに沿った金網の中に緑の芝で覆い尽くされたゴルフ場があった。ピラミッドとゴルフ場。とても結びつかない。地図によると、ゴルフ場を囲っている金網が切れているところがあるそうだ。100メートルほど歩くと、確かに人が入る事の出来る裂け目がある。地図の正確さに一同感心する。ここからは不法侵入。ゴルフ場の警備も居るらしい。月の光に照らされて、スプリンクラーのカタカタ、という音と、その水滴を含んでぼんやりと光る芝の上を静かにかつ急ぎ足で進む。地図によると2ホール分ほどコースを横切らなければならなかった。芝の緑の中を歩き始めて10分ほどすると、目の前に大きな塀と、丘。そして更に巨大なピラミッドの姿。一同ふと足を止めた。夜空には星々、そしてピラミッド。皆もう言葉も無くしばらく立ちつくす。緑とピラミッド。こんな不条理が、ここでは皆を感動させていた。

そんな情感に浸っていると、突然遠くから声が聞こえ、走りよってくる人影が。ゴルフ場の警備員だ。皆驚く間も無く、一気に塀までダッシュし、ゴルフ場と塀の間の窪地に入り、腰をかがめて隠れる。ここで捕まっては元も子もない。しばらく、様子をうかがっていたが、どうやら相手もあきらめたようだ。皆無口で、地図の通り、塀を左に進んでいくと、ゴルフ場から離れ、更に行くと塀も切れた。そして、30メートルほどの急斜面、そして崩れかけた遺跡、そしてその向こうに夜空を隠す暗闇。巨大なピラミッドが目の前に。地図にも書いてあるが、どうやらこの急斜面を登るしかない様だ。他の場所は高い塀と巡回する警備員、または、果てしなく広がる砂漠。乾いた小石で出来た斜面は異様に登りづらい。女の子も居るし、ここはゆっくり時間をかけて登る。そして、5人は崩れかけた遺跡までたどり着いた。

ここからは、左側は岩場、目の前から伸びる小道と、右手に建物がある以外は本当にピラミッドしかない。実際に登るのは目の前のクフ王のピラミッド。石室のあるエジプトで最大のピラミッド。ここから見ると判るのだが、そのピラミッドの4辺に警備が1人づつ配置していて、夜間でも見張りは厳重だ。さらに、建物の影から最も近いピラミッドの壁まで、50mほど、同じ場所から見張りの警官まで50m、あまり厳重に警備しているようには見えないが、捕まれば連行されるかもしれない。最大のピンチである。地図によると、同じ様にピラミッド登頂目指す旅行者は多く、警備員の中には登頂を見逃して、賄賂をもらう輩も多いそうである。さらに、もし見つかっても、とにかくピラミッドのブロックを2,3段登ってしまえば、まず追いかけて来る事は無いとの事。5人は意を決し、警備員の動きを見て、タイミングをうかがっていた。

薄暗い月夜の中で、一斉に駆け出す5人。ピラミッドに向かって5人の影が迫る。異様な雰囲気の中、できるだけ音を立てないように5人は壁に迫る。しかし、ピラミッドへ10mほどに迫ったとき、『STOP!』という大声が、そして2人の警備員がこちらへ向かってきた。ピラミッドの壁に張り付いたと同時に壁を登る。でかい!一辺1m50cmはある段を登ろうとしたが、ふと隣を見ると、女の子が登れない!もう無我夢中で、先に一段登った二人が、彼女の手を引っ張り、私と女の子の彼氏で、下から押す、上がらないので、お尻を思いっきり押す。登れた!次も同じ要領で、お尻を思いっきり。そして、何とか、3段目を登り終えた頃、下に警備員が、『降りろ!』と言ってこちらにライトを照らす。ピラミッド登頂地図の書いてあるとおり、これを無視してひたすら登る。すると登って来るどころか、あきらめたようで、こちらに手を振って引き上げてくる。ご苦労様。こちらもつい手を振った。

ピラミッドも上に登るにつれ、だんだん一段一段も小さくなっていくようで、女の子も1人で登れるようになった。ちょうど中程まで登って、一同小休憩。改めて周囲を見ると、すごい高さだ!一歩一歩、慎重に登らないと、足を踏み外しでもしたら、命は無いなと思った。水をごくりと飲む。気を引き締めて、また登りだす。ここへ来て、段の大きさが、1m程になっていた。と言うことは足場も狭い。その段も風化していて、角が取れているので、結構すべる。ふと恐怖が襲ってきた。もう、下を見ることなく、ひたすら登る、登る。こんなに登ったのにまだ頂上が見えない。上を見ても壁、壁。だが、確実に頂上へ5人は登る。そして。

壁の上にふと空間が広がる。ついた!頂上だ!思わず5人で固く握手。思えば計画を立ててから半日。この瞬間は旅の中で、何よりもかけがえの無い瞬間。周りに広がる満天の星空が、まるで宇宙にいるような不思議な感じだった。
 

 << NEXT << TOP