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【Misao's First India Report(24)】
=cookie and train=


DATE:2001.08.13 Chennai to Hyderabad
REPORT&PHOTO:石谷みさお(りぶらぶりんくドットコム)


ポーターに食事の注文をして数十分。まだかまだか、と文句を言いながら、ミセスRMに頂いたクッキーを袋ごと抱えてぼろぼろ粉を落としながらむさぼり食う私の向かいで、相棒は黙って数枚のリポート用紙のようなモノに書かれた何かを読んでいる。
「クッキー食わへんのか?」
「ああ、今はいいです。」
列車の動くゴトンゴトンという音と、バリバリとクッキーをむさぼり食う音の中で相棒は黙ってまた下を向く。
「腹減ってへんのか?」
「ああ、はい。」
生返事で何かを読み続ける相棒の頭の上でクッキーの袋を振りながら、
「全部食うぞ。」
と脅しをかけても、こちらを見ようともしない。仕方がないので、自分のソファに腰掛けて、クッキーをむさぼり食っていると、突然相棒が口を開く。
「これ、あのことかなあ?」
「ああ?何言うてんねん?」
「今日行った、占い師さんの書いてくれたものなんですけど。」

今朝、寝坊した私を残して、相棒はミスターRMと占い師のところに行っていた。占い好きのこの男は、生年月日から出生時刻までちゃんと事前に連絡していただけに、その結果にはそれなりの信憑性はあるのだろう。けれど、占いの結果など、所詮話しのタネ。何も真剣になることもあるまい、と思いつつ、相棒に占い師の書いたメモを読んで貰う。
所詮は話しのタネ.............
占いなんてエエカゲンなもん............
そんなもん信じるやなんて、高校生やあるまいし.............
列車はゴトンゴトンと音を立て、ゆっくりとゆっくりと、時々止まりながら、真っ暗な闇を走る。相棒はとつとつと占い師の言葉を語り、私は黙ってそれを聞きながらボリボリとクッキーをむさぼり食っている。

「アンタ、占い師さんに自分の事、なんか話ししたんか?」
「いや、オレは生年月日と時間しか言ってません。」
たかが30そこそこのこの男にも人並の過去がある。その一部によって奴は大きな傷を負い、それはまだ完全には癒えていない。
何度か私は荒療治を試みた。ぱっくり開いた傷口に塩を刷り込んだ。奴は苦しみ、私たちは絶交した。時間を経てまた友人になった時、私は、少し癒えたかのように見えるその傷口をほんの少しつついた。かさぶたははがれ、傷口は血を流し、奴は苦しみ、また私たちは絶交した。また再び友人になった時、私はもう傷に触ることは無かった。

占い師はこの男が持つ傷の理由を淡々と語る。
相棒の口から出てくる占い師の言葉に、いつこの男の傷口が開くかとひやひやしながら、平静を装ってクッキーをむさぼり食う。列車は止まり、真っ暗な窓ガラスにはたんたんと言葉を続ける男の横顔が映る。

「これ、あのことかなあ?」
「ああ、そうやろな。」
「そうか、やっぱりなあ。」
思いの外、相棒は落ち着いている。時折窓ガラスにこの男の傷口が見え隠れする。
『傷は癒えても決して無くならない。それはまるで指輪の痕のように。』
何かの映画のラストシーンの台詞を思い出しながら、この男なりに苦しみながら傷を癒してきた事に気付く。傷が指輪の跡のようになるまで、まだ少し時間はかかるかもしれない。けれど、奴の他に誰にも癒すことなど出来はしない。

「食事、遅いですね。」
「ほんまやなあ。クッキー食うか?」
そういって差し出した大きな一枚のクッキーを、相棒はボリボリと音を立てながら美味そうに食った。
「甘くないんですね。塩味だ。」
「おう。そやから美味しいねん。」

クッキーを食い終えた相棒は、占い師の語った未来の姿を語り出す。私は、残り少なくなったクッキーの袋を両手で抱えて、ただ黙ってそれを聞いている。列車は止まったまま、静寂の中、言葉だけが過去と未来を行き来する。
「しかし、よく止まりますね。」
「まあええがな。のんびり行こうや。」
やがて時間を現在に戻すようにゴトンゴトンと音を立てながら列車はまたゆっくりと動き始めた。

 

written by Lucy Misao
web livelovelink.com

 

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